職業:自宅警備員

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【職業:自宅警備員】

思うままつらつらと。

僕を壊したのは62連勤の営業職ではなく 月37日出勤の力仕事でもなく 昼寝ができる自由な仕事でした。

 

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24時間電話が鳴ることに怯えていました。夢の中でも電話が鳴り続けていました。

丸一日休みだったことはありませんでした。常に気を抜くことはできませんでした。

そんな生活が1年続いた頃、僕の精神状態は限界に達しました。

 

周りが羨む自由な仕事で精神崩壊

他の従業員は僕のことが羨ましかったと思います。

毎日暖かい事務所でパソコンをいじりながらコーヒーを飲み、タバコを吸う。

みんなが現場に出ていて事務所にいない時は、ソファーで昼寝もできる。

暇な時は仕事中なのにパソコンで映画も観れる。

 

でもその裏で僕の精神は確実に追い込まれていました。

 

営業職で62連勤するよりも、力仕事で月37日出勤するよりも、

僕はこの自由な仕事で壊れました

 

営業職で62連勤 

きっと僕は仕事運がありません。自分が悪いのかもしれませんが。

以前にもしんどい仕事をしていたことがあります。

朝6時に起き出社。帰りは終電で、帰宅するのが夜中1時。これを62連チャン。

終電を逃しマンガ喫茶に泊まったことも何度もあります。

2ヶ月と少しの間、1日も休まず外回りの営業をしていました。

 

子供の保育園での初めての運動会も見に行けず、

誕生日を一緒に過ごすこともできず 、理由は他にもありますが、

この時期に離婚をしました。結局上司と揉め、この営業職を辞めましたが、

僕の仕事運のなさはまだまだ続きます。

 

力仕事で月37日出勤

少しは力仕事の経験があったので、先輩の繋がりで現場に出る仕事に就きましたが、

ここでもまた怒涛の連勤続きでした。

 

月37日出勤なんて意味わからんと思うかもしれませんが、

日勤・夜勤の繰り返しです。朝出勤して現場まで行き、

そのまま帰宅しないで夜勤をこなす。そして夜勤が終われば30分程仮眠をとり、

また朝から普通に現場に出る。それを月7回こなし、37日出勤です。

 

これは忙しい時期だけですが、夜勤がない時でも月28日出勤、

休みは月2回あればいい方でした。現場は遠い場所がほとんどだったため、

出張ではなく、通いの現場の場合は朝3時に出発、帰宅は夜10時が当たり前。

という生活でした。

 

以前の記事にも書いたことがありますが、僕は糖尿病です。

この生活だと食事の時間もバラバラで、インスリンの調節がうまくできません。

体を使う仕事なので低血糖の危険性も考えながら注射をするため、

うまく体調管理ができず、体が悪化してこの仕事は辞めることになりました。

 

そして体が楽な仕事に

少しの間、仕事はせずに家でゆっくりする時間を取れました。

僕が仕事を何もしていないことを知った先輩から電話が来るのですが。

これが精神崩壊の始まりです。

 

その先輩は僕の体調が良くないことも知っていました。

簡単な事務的な仕事をしてくれればいいということだったので、

手伝うことに決めました。職種はまた現場関係です。

現場の手配だったり、書類の作成だったり、最初は言われた通り簡単なものでした。

その頃、僕はネットを使って物販もやっていたので、金銭的に困ることはなく、

給料は安かったですが、この仕事でこれだけもらえればいいかなという額でした。

 

働き始めて2ヶ月程経ったあたりから、社長が事務所に顔を出さなくなりました。

自然と僕の仕事量は増えます。でも経営の勉強にもなるし、 

今までの仕事と比べればどうってことないと思い、

会社の仕事を全て一人でこなすようになりました。

現場で何かあれば、取引先の社長から説教をくらうのも僕です。

従業員が問題を起こせば、「ちゃんと教育しろ」と

自分の会社の社長から怒られるようにもなりました。

 

この頃から不信感というか、自分の立ち位置に疑問を感じ始めて来ました。

社長は他の事業も手広く始めていたため、事務所には全く顔を出さないで、

何から何まで僕に押し付けるようになりました。

それどころか新しい事業の手伝いにも呼ばれるようになってきたのです。

 

時間関係なく鳴り続ける電話

会社での仕事にプラスして、新しい事業を始める準備、社長の送り迎え、

更には愛人の送迎まで、とんでもないコキの使われ方をされるようになりました。

この頃から現場関係の会社は僕が継ぐという話が出るようになっていましたが、

それどころではありません。今まで通り仕事をこなし、それが終われば、

とんでもないパシリをさせられ、人の話を聞くような人ではないため、

何一つ文句は言えず、時間なんて気にせず夜中だろうが僕に電話を掛けて来ます。

 

飲み屋まで迎えに来いだの、ラブホの部屋を取っとけだの、

女を部屋から追い出せだの、まるでヤ〇ザです。

こうして僕の24時間営業が始まりました。

 

給料が変わらず24時間営業

上にも書きましたが、周りから見れば楽な仕事に見えていたでしょう。

僕がやっていたことは誰も知りません。

みんなが現場に出ている時に僕が理不尽に怒られていること。 

みんなが寝ている時に僕は急に呼び出されあちこち動き回っていること。

夜中の電話にも必ず出て対応しなければいけないこと。

常に電話に怯えながら生活していること。

この生活から抜け出したいのに怖くて何も言い出せないこと。

給料が最初の頃と変わらずこれだけのパシリをしていること。

24時間常に動ける体制でいなければいけないこと。

何一つ、誰一人として、このことを知りません。

 

とうとう壊れました

その日もまた急に呼び出され、夜中3時に家を出ました。

でももうダメでした。もう限界でした。

会社を継ぐとか、少しはお世話になったからとか、

もうそんなことは考えられませんでした。

 

僕は逃げたんです。携帯の電源を切り、家に隠れるように引きこもりました。

「辞めたい。」と自分の思っていることを話す勇気も、

精神的な余裕も、全くありませんでした。

いい歳したおとなが連絡もしないで会社から逃げるなんて、

今考えればあり得ないことです。迷惑をかけたと反省しています。

 

結局、第3者が間に入り、今は話がまとまっています。

その後は酒ばかり飲み、何もしないで1日を無駄に過ごすだけの日が続きましたが、

今はもう元気です。また動き出さないと本当の解決にはなりません。 

色んな方のブログを読むようになって、「また動き出さないと 」という

気持ちになりました。

 

僕はブラックしか知りません

こんな気持ちが重くなるような、マイナスなことを書くつもりはなかったんです。

でも壊れた経験があるのは僕だけじゃないし、復活するために少しずつでも

前に進んでいる人達がいることを、ブログを読むようになって知りました。

僕が今までして来た仕事はほとんどがブラックですが、その時の経験は、

悪いことだけではないと思っています。そこから学んだことも沢山あります。

 

問題は自分自身です。今までの経験を基にまた1からスタートします。

地べたから来た男の背中には 今 羽が 勝つのは我なり :AK-69

これめちゃくちゃ気合い入ります。

 

以上、最後までありがとうございました。

 

おとなになってからの僕はこんな感じですが、子供の頃はこうでした。

 

home-security.hatenadiary.jp

こっちはちょっとふざけてますが。笑

そんなワケで、仲良くしてください。よろしくお願いします。

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